ベヒシュタインピアノとの出会い
自分は鍵盤弾きとしては雑食だと思っております。シンセサイザーはもちろんオルガンからピアノ、音楽の表現に合わせてなんでも弾きます。それが自分らしさだと思っていたのですが、ある日貞夫さんに「おまえ、ジャズやってみるか」と言われて状況は一変します。今までは貞夫さんのオリジナルを中心とした、いわゆるフュージョン的なサウンドだったのですが、今度はスタンダードジャズを含むゴリゴリのビーバップ。ピアノだけで勝負しなければなりません。未体験ゾーンは何があるかわかりませんね。当然いつにも増して練習を積み重ね、素晴らしい先人の演奏をいつも以上に聴きましたが、人は急に変わることは出来ません。悩み多きピアニストだったわけですが、そんな時出会ったのがベヒシュタインピアノでした。
確か楽器フェアのヨーロッパのピアノブースだったと思います。置いてあるピアノを全部試奏したのですが、ベヒシュタインだけ引っかかるものがあり、その後ショールームに行ってじっくり試奏しました。そこであっという間に恋に落ちたのです。欲しいというより買うべきだと思いました。とは言っても先立つものや住宅事情の問題もありあきらめかけていたのですが、アップライトの良い中古が出たという知らせを受けてショールームへ。弾いてみるとアップライトピアノの概念が変わりました。1973年製造のConcert 8。本当に素晴らしいピアノでした。

ピアノを一度も習ったことのない私をここまで導いてくれたのは、間違いなくこのピアノのおかげです。このピアノを購入後、しばらくして貞夫さんが「なんかお前のピアノ変わったな」と言ってくれたのを覚えています。このピアノは弾き手を育てるのです。決して楽なピアノではないので、他でピアノを弾くときのストレスが減りました。調律の方に自宅のピアノがベヒシュタインで…、なんて話をすると興味を持ってくれてそこからコミュニケーションが深まることもあります。
ソロアルバムは全てベヒシュタインピアノでレコーディングしたのですが、4枚目の「天空の楽園」で使用したピアノが、現在自宅にある「M180」というモデルです。このピアノは札幌の宮越屋珈琲からピアノの選定をお願いされた時に出会った宇宙一好きなピアノなんです。札幌にいた遠距離恋愛の彼女だったのですが、私の家に来ることになって恋愛が成就したわけです。

ピアノを買うということは家を買うことにも似ている気がします。人生の中で何度も買えるものではありませんし、全てがお気に入りで完璧なものが買えるかどうかもわかりません。それでも自分の帰るべきところ、居場所はとても大事です。ミュージシャンにとっては絶対的な判断基準にもなります。そう考えるとこの2台のピアノに出会えたのは本当に幸せなことです。もしこの出会いがなかったら…、想像するとちょっと怖いですね。全く違うミュージシャンの道を歩んでいたかもしれません。
ミュージシャン生活が始まった頃は、まさか自分がソロピアノでライブをするなんて考えても見ませんでした。貞夫さんとジャズを演奏することもそうです。素晴らしいピアノとの出会いに感謝しつつ、「M180」と更なる高みを目指して歩んで生きます。

コメント
コメント一覧 (2件)
文は人なり。そして文は音なり。
小野塚さんの文章は、まるでその演奏のような流麗さと情熱を感じさせるものでした。
現状にもがき続けている自分にとって、大きな励みになるコラムでした。ありがとうございました。40周年ライブ、楽しみにしています。
とても興味深いお話でした。
私もエレクトーンを習っていました。音楽を仕事に出来たらと夢見ていましたが、全く方法も分からず、結婚を理由に辞めて、子育てで自分が好きな音楽やコンサートにもなかなか行かれなかったですが、子育ても落ち着いてきて、2年ほど前、30年くらい前に一度行った渡辺貞夫さんのコンサートに再び行き、とても素晴らしく、これからは可能な限りコンサートに行こうと思ってます。小野塚さんのアレンジや、みなさんの一体感や貞夫さんに寄り添う演奏がとても好きです。